高野悦子

高野悦子さんは1969年6月24日未明、山陰本線二条駅ー花園駅間で貨物列車に身を投じ自ら命を絶ちました。 立命館大学の3年生、二十歳だった。
私はお会いしたことはなく直接は知りません。ただ、東京と京都と場所は違えど同じ時代を生きたものとして何故自ら命を絶ったのか、そんな思いから日記に触れてみたのです。
日記からは全共闘に参加、アルバイト、恋とただのおとなしい女の子と言うより結構積極的な活発な女の子といった感じすら受けるのです。そしてとても感受性が高い。
日記は次第に強い孤独感に変わっていきますが何故なんでしょうか。
人は独りじゃ生きてはいけない。僅か二十歳の生涯はあまりにも悲しい。彼女を押しつぶした敵はクソッタレだ!。日記に触れれば触れるほど虚しさだけが募ります。
次は彼女の最後の詩といわれているものです。

旅に出よう
テントとシュラフの入ったザックをしょい
ポケットには一箱の煙草と笛をもち
旅に出よう

出発の日は雨が良い
霧のようにやわらかい春の雨の日がよい
萌え出でた若芽がしっとりとぬれながら

そして富士の山にあるという
原始林の中にゆこう
ゆっくりとあせることなく

大きな杉の古木にきたら
一層暗いその根本に腰をおろして休もう
そして独占の機械工場で作られた一箱の煙草を取り出して
暗い古樹の下で一本の煙草を喫おう
近代社会の臭いのする その煙を
古木よ おまえは何と感じるか

原始林の中にあるという湖をさがそう
そしてその岸辺にたたずんで
一本の煙草を喫おう
煙をすべて吐き出して
ザックのかたわらで静かに休もう

原始林の暗やみが包みこむ頃になったら
湖に小船をうかべよう

衣服を脱ぎすて
すべらかな肌をやみにつつみ
左手に笛をもって
湖の水面を暗やみの中に漂いながら
笛をふこう

小船の幽かなるうつろいのさざめきの中
中天より涼風を肌に流させながら
静かに眠ろう

そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう