3億円事件

1968年(昭和43年)12月10日午前9時20分...
どしゃ降りの雨の中、府中刑務所第六哨舎わき路上で日本信託銀行国分寺支店の現金輸送車が白バイに停止を命ぜられた。
東芝府中工場のボーナス2億9千4百3十万7千5百円と別口の3万4千円の現金を積んだ黒塗りのセドリックは、白バイ警官が乗り走り去った。

この偽白バイ警官による3億円強奪事件は、1975年12月10日午前0時、時効が成立している。 もしかしたら、時効後に犯人が名乗り出るのでは、というささやかな期待感もあったが、その願望は叶わなかった。

私はある一人の少年を知っている。中学時代に同級生だったのだが、彼が容疑者として捜査本部にマークされた。
当時19歳、彼が容疑者とされたのには、確かにそれなりの理由がある。彼にとっては不幸な偶然が重なりすぎていた、といえなくもないが、火のないところに煙は立たぬ・・・か。

犯人との酷似性(目撃者の証言、当事者である現金輸送車の四人はそろって「この顔だ」と証言したという)、父親は警察幹部(事件の特異性から犯人は警察官か警察関係者でなければできないという疑惑があった)。
オートバイ、車の運転技術は抜群。都内の高校を卒業し、不良グループとともに悪さを重ねた。福生署が傷害容疑で指名手配中、明確なアリバイなし…。

少年は事件の五日後、国分寺市戸倉の自宅で、医薬用青酸カリを飲み自殺した。日頃の素行をめぐって母親と激しく口論したというが、自殺するような男ではない人間がそんなことで死を選ぶ筈はない。正に動機のない“突然の不鮮明な死”というやつである。

結局、少年は筆跡や血液型からシロと断定された。事件発生時の捜査報告書には、被疑者「年齢18歳~27、8歳位。身長165センチ~170センチ位。やせ型、面長、色白、目がきれい、鼻すじがとおった一見好男子」とある。

近年、憤りを覚える事件は枚挙に暇がないが、この事件は、犯人は、意外なほど世間から憎まれなかった。犯罪も世を映す鏡ならば、今の我々にはあまりにも危機意識がなさすぎる。