学生運動

学生運動で盛り上がった60年代後半。各地で闘争や紛争が繰り返されました。
あのガス弾に悩まされた人も多かったことでしょう。催涙ガスの名の通り、眼は痛みだし涙が止まりません。 真っ赤な眼をした表情は何とも滑稽なものでした。
被害は当事者だけではなく、近隣の住民など一般の人たちにも及びます。

ベトナム戦争の泥沼化とともに、反戦デモも激しさを増し、羽田闘争や新宿争乱など機動隊との大規模な衝突が繰り返されました。
社会に与えた影響も大きく、世間からは批判を浴びることにもなりました。
しかし、日本が変わる、そんな気さえしたのです。

学生運動は、東大紛争で結成された全学共闘会議という運動形態へ変わり、党派に属さない数多くの学生が運動に参加しました。
全共闘は東大解体を叫び、安田講堂のバリケード封鎖を行います。
こうした全共闘運動はあっという間に全国の公立や私立の大学に拡大し、ほとんどの大学が紛争状態となりました。
69年1月、安田講堂のバリケード封鎖解除のため機動隊が導入されます。
この安田講堂攻防戦は18日から19日にかけて行われ、封鎖は解除されました。

確か71年の卒業生たちだったでしょうか、卒業式が行われなかったことがありますが、この卒業式が30年ぶりに2001年6月、安田講堂での最後の卒業式として行われたということです。当時の対立を水に流して、攻防の地で、さぞ感慨深いことだったのではないだろうか。

第一次羽田闘争・1967年10月8日、佐藤栄作首相の南ベトナム訪問阻止行動
第二次羽田闘争・1967年11月12日、佐藤栄作首相の訪米阻止行動
新宿争乱・1968年10月21日、ベトナム戦争に反対する左翼暴動事件